小さな花たち

旅先や日々の生活で見過ごされそうなひとときを、思いのままに綴ります

1枚の絵のような風景

ある夏の早朝4時過ぎ。駅前のホテルを出て、駅へと急ぐ。ずっと行ってみたかったその場所は、すぐそこにあった。早朝だというのに、すでに数名の人が待っている。あと15分くらいで見ることができるであろう日の出を。右端で、椅子に腰かけてうなだれている青年がいた。かなり眠そうだ。きっと夜をここで過ごして、日の出を一番乗りで見ようとしたのだろう。

日の出の時刻が近づき、人が少しずつ増えてくる。ここは、知る人ぞ知る日の出スポットなのだ。しかし、日の出の時刻になっても、厚い雲が邪魔をして、太陽は一向に顔を出さない。そして、日の出を誰よりも待ちわびていたであろう青年は、日の出の方向に背を向けたまま見向きもしない。カメラ片手に興奮気味に日の出を待つ人々を、興味なさそうな目でちらっと見ては、またうなだれていた。あれ、日の出を見に来たのではなかったのか。

太陽が上がってくるとともに、雲も上がる。日の出の時刻から30分ほど経過した頃、諦めて去る人がちらりほらり。それでも、雲のわずかな隙間から顔をのぞかせている光に望みを託して、辛抱強く待つ。そして、やっとその時が来た。ようやく強烈な夏の日の光が雲の上から出てきて、ガラス張りのその場所を光で包み込んだ。ガラスに光が反射して、美術館の外観のような空間。そして、そこにあるシンプルだけどおしゃれなフォルムの椅子は、ガラス越しに見えるきらきらと輝く海を、絵画のように鑑賞するのにうってつけだ。

日の出を諦めた人、見て満足した人が去っていった。そして、そこにはまた青年だけになった。彼はいったい何を待っているのだろう。うなだれる青年の背中に日の光が強く当たっている。ここでは、片隅にいようが、容赦なく日の光が当たる。夏の強い日の光の熱さを、彼は背中で感じているだろうに、それでも、彼は振り向くことすらしない。そんな彼に、太陽はきっと語りかけているだろう。「さあ、顔を上げて。私が背中を押してあげているから」。

日立駅茨城県